長期の移動平均線を使ったマーケットタイミング戦略の問題点

前回は長期の移動平均線を使ったタイミング戦略について書かれた論文を紹介した。シンプルな戦略ながら、ドローダウンを抑えつつリターンを向上させることができるという内容だ。


しかし、現実の世界ではそんなにうまく機能しないのではないかという反論もある。

The Real-Life Performance of Market Timing with Moving Average and Time-Series Momentum Rules

この論文では以下のような問題点が挙げられている。

・移動平均線の数値が最適化されている可能性。

・現実世界で必要な手数料などの取引コスト。

・税金。

・対象期間。どの期間で見るかによってマーケットタイミングの成績は大きく変わる。具体的には、大恐慌、オイルショック、ITバブル崩壊、リーマンショックの4つの下げ相場で非常に良いパフォーマンスだが、それ以外の期間は概してバイ&ホールドを下回っている。

 

以上の問題点はもっともに思えたが、この論文は内容が難しいうえ結果をシャープレシオで評価していたりして直感的にわかりにくい。また、取引コストだけを加えた結果も税金を考慮した結果も掲載されていない。

そこでこの記事では1950年~2014年のS&P500の月足データ(YahooFinanceからダウンロード)を使ってバイ&ホールドと移動平均タイミング戦略のリターンをシンプルに比較してみる。

条件は、月足終値が移動平均線を下回ったときに現金化する戦略、現金時のリターンはゼロ、配当は含まずというもの。

 

移動平均線の計算に使う月数

6、8、10、12、14、16か月の移動平均線を使ったタイミング戦略のリターンを比較したのが下のグラフ。

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最低リターンは6か月移動平均、最高リターンは12か月移動平均となった。6か月から12カ月までは直線的にリターンが増えておりそれ以降は横ばいといった感じ。

最終的な資産額を見ると、最低リターンと最大リターンでは2倍以上の差がついている。ただ、年率換算にするとその差は1.3%とそれほど大きくない。6か月移動平均のリターンが悪いのを除くとそこまで違いは出ないかなと感じた。

個人的には、たまに来る下げ相場を避けるという意味ではある程度長期の移動平均線を使う方が理屈に合っていると思う。

 

手数料

上の論文では取引コストを片道0.5%に設定している。この片道0.5%という取引コストを含めた12か月移動平均のタイミング戦略の結果が下のグラフ。

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手数料ありの成績は約30%リターンが低下してしまった。

ただ、取引コスト0.5%というのはちょっと高すぎる気がする。いまはネット証券の手数料が安いし、流動性の高いETFを取引すれば0.5%ほど大きなコストはかからないと思う。

 

税金

20%の税金を考慮した12か月移動平均タイミング戦略の結果が下のグラフ。

税金は利益も損失(還付)も手仕舞いした月に反映する設定。また、2014年末にマーケットタイミング(税引き)とバイ&ホールドの両方から最終的な税金を差し引いている。

マーケットタイミングの最終利益はバイ&ホールドを約40%下回る結果となった。

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税金はタイミング戦略にとって大問題だろう。現実問題として20%の税金が引かれる以上、タイミング戦略でバイ&ホールドのリターンを上回るのはかなり難しくなると思う。

対策としては、使用する移動平均の期間を長くして取引回数を減らすか、確定拠出年金の非課税口座で売買するくらいだろうか。

 

期間別の成績

移動平均のマーケットタイミング戦略は極端な下げ相場に強いものの、平常時のリターンはバイ&ホールドを下回ることが多いという特徴がある。市場が強かった時期と弱かった時期にわけてこの特徴を見てみる。

 

・1950年~1972年の上昇相場

ところどころ現れる下げ相場で両者は近づいているが、全体的としてマーケットタイミング戦略はバイ&ホールドを下回っている。

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・1972年~1982年の横ばい相場

マーケットタイミング戦略は下げ相場をうまく回避している。この期間は高インフレに一致するため、現金を短期債で運用していればリターンにもっと差がつくと思う。

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・1982年~1999年の上昇相場

この期間ではマーケットタイミング戦略が完全に後れを取っており、最終的に2倍以上に差が開いた。とくに87年以降は12年にわたってほぼ負けっぱなしでかなり厳しい結果となっている。

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・1999年以降

ITバブル崩壊、リーマンショックという2大ベア相場があった時期。2つの暴落を回避したマーケットタイミングの圧勝となった。

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・日経平均株価(配当なし)

せっかくなので日経平均株価に対する12か月移動平均タイミング戦略の結果も見てみる。

1950年~2014年の全期間ではタイミング戦略がバイ&ホールドを上回っている。

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・1950年~1972年

この期間は上昇相場だが、60年代に低迷期間があったためかタイミング戦略もバイ&ホールドに遅れを取っていない。

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・1972年~1989年

一本調子の上昇期にはタイミング戦略はバイ&ホールドを下回ってしまう。15年という長期でベンチマークに負けるのはかなり厳しいと思う。

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・1989年~2014年

下げ相場で損失を回避しつつ上げ相場でリターンを出した。それなりに損失も出ているが、かなりうまくやっているように思う。

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感想

移動平均のマーケットタイミング戦略は下げ相場、とくに暴落を回避できるという長所がある。

しかしそれ以外の期間では、下落相場からのリバウンドを取り逃がしてしまう、上昇相場での押し目で売らされてしまう、レンジ相場ではじり貧といったマイナスがあり、全体としてはバイ&ホールドを大きく上回るのは難しい気がする。

また、税金という大きな問題があるため、リターンの面でバイ&ホールドに勝つのはかなり難しいのではないかと思う。

ただ、暴落を回避できるというのは素晴らしいメリットなので、多少の利益を犠牲にしても大きな損失を避けたいという人や、株価が高値圏にあって暴落が怖いという人には良い戦略だと思う。