中国の債務問題

アメリカとの貿易戦争をきっかけに中国株が売り込まれています。

低PER&高成長率の銘柄も多くなっており非常に魅力的なのですが、中国経済に関してはかねがね民間債務の急増が指摘されており、もしかしたら深刻な景気後退が起こるのではないかという不安もあります。

 

中国と世界の金融債務

中国と世界の債務問題に関してはたくさんレポートが出ています。たとえば岡三アセットマネジメントの資料はグラフが多くて見やすいですし、内閣府の資料は部門ごとの債務を詳しく解説しています。また、BISからは各国の債務データが簡単にダウンロードできます。

これらの資料からリーマンショック以後の中国や世界の債務状況をまとめると、、、

・先進国の債務/GDPは増加しているがそれほど大きく増えてはいない。民間債務/GDPはほぼ横ばいで政府債務が増加の原因。

・アメリカは家計の債務/GDPを大きく減らしたことで民間債務/GDPは減少している。

・新興国は民間債務と政府債務の両方がGDP比で大きく増えている。

・新興国の債務の増加率は国によってまちまちだが、ほとんどの国は無茶苦茶増えているわけではないし、そもそも債務/GDPの数字は先進国に比べてかなり低い。

・アメリカ、日本、ユーロ圏、中国の4地域で報告されている全地域の債務の75%を占める。

・中国は目立って債務を増やしている。債務/GDPは2008年の141%から2017年の256%まで急増しているし、256%という数字もアメリカやユーロエリアとほぼ同レベルの水準。

・部門別に見るとどの部門も大きく債務を増やしているが、家計部門と政府部門のGDP比は50%未満で日米欧に比べて小さい。一方で企業部門の債務/GDPは160%でアメリカの2倍、日本やユーロエリアの1.6倍になる。

・内閣府の資料によると中国の企業部門の債務の75%が国有企業によるものであり、企業部門の債務の一部は実質的には政府部門の債務と考えられるとのこと。

 

BISのデータをグラフにすると先進国と新興国の債務/GDPはこんな感じです。2009年以降だと先進国は微増に留まります。

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中国の部門別の債務/GDPです。企業部門の債務が大きいのですが、政府が債務抑制の方針を打ち出したことで2017年の民間債務/GDPはやや低下しています。

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どれだけ債務が増加するとまずいのか

金融債務と金融資産は表裏一体なので、対外債務がなければ資金が国外に流出するわけではありません。利払いができれば問題ないと言えるのかもしれませんが、当然ながら債務が増えるほど利払いは難しくなるはずです。

ただ、債務/GDPの数字は国によってかなり違いがあり、どこまで増えると問題なのかを明確に線引きするのは難しそうです。

たとえば日本の債務/GDPは370%とアメリカの251%やユーロ圏の260%や中国の256%よりもかなり高いですし、民間債務に限ればオランダの279%、ノルウェーの246%、スウェーデンの235%などは中国の208%よりも大きいです。

このため民間債務を見るときは絶対的な水準よりも債務の増加率やトレンドからの乖離を取り上げることが多いようです。

 

2008年~2017年の民間債務/GDPの増加率の上位国を並べたのが下のグラフです。

トップ3は中国、トルコ、香港で、コロンビア、インドネシア、メキシコといった国が続いています。ただ、トルコ、コロンビア、インドネシア、メキシコといった新興国は民間債務/GDPの水準が低く、最も高いトルコでも86%に過ぎません。

民間債務/GDPの水準が低い国と香港やシンガポールといった小国を除くと中国に続くのはカナダですが、増加率は29%と中国の81%に比べるとはるかに控えめです。主要国のなかで中国はやはり際立っています。

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トレンドからの乖離については、中国の地方債務問題という資料の中に金融危機が起きた国の民間債務/GDPの動きが描かれたグラフがありました。

これを見ると民間債務/GDPが急増してトレンドから上振れて金融危機が起こり、その後にデレバレッジが続いているのが分かります。

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ただ、このグラフにないリーマンショック前後のアメリカのデータを見るとトレンドからの乖離はピークでも12.6%とそれほど高くないため、こちらも絶対的な基準というよりは経験則という面が強いのかなと思います。 

 

民間債務縮小と景気後退

普通に考えると民間債務の縮小を伴う景気後退は通常よりも厳しくなるように思えます。これについて書かれた資料は他にもあると思いますが、僕は下の2つを見かけました。

 

What Happens During Recessions, Crunches and Busts?

OECD21か国を対象に1960年~2007年の期間における景気後退と信用縮小・資産価格(不動産と株式)の下落の関係を調べています。

信用縮小(defined as claims on the private sector by deposit money banks との定義)に関しては、厳しい信用縮小(上位50%)を伴う景気後退 > 信用縮小を伴う景気後退 > 信用縮小を伴わない景気後退、の順に景気後退の期間が長く山から谷への落ち込みと累積損失が大きくなっています(下表の上3列)。

さらに信用縮小と資産価格の下落が同時に起きた景気後退では、期間は5四半期以上、累積損失は-6.7%と信用縮小だけを伴う景気後退よりも厳しい落ち込みになるそうです。

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世界経済の潮流 第1章 民間債務からみた世界経済のリスクの点検

内閣府の資料ですが、民間債務の縮小、住宅価格の下落に関連する景気の落ち込みというグラフがあります。

対象はOECD20か国・1970年~2017年7-9月期とのことです。こちらの検証では民間債務の縮小に関連する景気後退の多くが不動産価格の下落に関連する景気後退と重なっているため、民間債務の縮小のみに関連する景気後退のデータは書かれていません。

結果は下のグラフのとおりで、民間債務の縮小と住宅価格の下落に関連する景気後退は通常の景気後退よりも落ち込みが激しいそうです。ただ、住宅価格の下落のみに関連する景気後退でも十分な落ち込みがあるため、民間債務の縮小がどれくらい影響を持つのか分かりにくいです。

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感想

高水準の債務残高や債務急増は金融危機を引き起こす、債務の縮小を伴う景気後退は落ち込みが深刻になる、という話は直観的には納得しやすいです。また、それを裏付ける証拠もある程度ありそうです。

さらに中国の場合は、国有企業が借入の主体になっていることやGDPに占める固定資産投資の比率が高いという問題もあります。国有企業の借り入れを使った固定資産投資がGDP成長の大きな柱になっているとすればかなり問題ありな気がします。

とはいえこの話は昔から言われていますし、いまに至るまで債務危機が起きていないことも事実です。また、仮に過剰債務が危機を起こすとしてもそれがいつになるのかというタイミングの問題があります。

プラス点を見れば、中国の経済成長率は依然として高いですし、政府部門には債務拡大の余地があります。

結局、問題があるとしても先のことを予想するのは難しいという話になってしまいますが、中国がデレバレッジに手を付け始めた矢先に貿易戦争が起きたのはタイミングが悪いかなと思います。